竹布 和みの会

平成二十三年三月吉日 竹布和みの会

2001年。
竹から生まれたそのやわらかな繊維に、類い稀な抗菌力が発見されたあの日から十年。
ベビーソフト」に始まって「慈布(じふ)」「和布(なごみぬの)」と、開発者相田さんの願いとともに様々な形に成長しながら、目標へと歩みを進める竹布。
ガーゼを二重に仕立て、さらに優しさを増した新商品「清布(すがしぬの)」の発売を控えた三月、相田雅彦さんと竹布ファンの茶話会「竹布和みの会」が開かれました。

竹布開発者 相田雅彦さんのお話

竹布 開発者 相田雅彦さんこれまでもプロ・アクティブさんの誌面やお話会を通じて、竹布の成り立ちや私の竹布に寄せる想いなどを折々に皆様にお話ししてまいりましたけれども、今年はこれまでの歩みとは少し事情が違っておりまして、今日はまず、その嬉しいご報告をさせていただきたいと思います。

ここにお越しいただいた皆様は、もうずっと長く竹布をご愛用くださっていらっしゃるので、 その使い心地はもちろんのこと、開発当初から私が「竹の素晴らしい力を誰に届けるのか」を追い続けてきたこと、「いつか世界の医療の現場に竹布のガーゼを届けたい」という夢とともに今日があることは、すでにご存知だと思います。

その夢が、とうとう実現への一歩を踏み出しました
かつてその抗菌力が実証されながらも、乗り越えなければならない課題の多さから、医療現場への道は遠く、十年という歳月を要してしまいましたが、昨年ようやく、その準備が整いました。

守布 ~まもりぬの~

竹布 開発者 相田雅彦さん厚生労働省の資料によると、日本で使われている医療用ガーゼの40%が国産品とされています。
ところが、その生産拠点であるはずの愛知県知多半島の組合に問い合わせてみたら、今、作っているところはありませんというのです。

驚いて、実際にその地を訪れてみると、かつて300件もあったガーゼの工場は、わずか30件になってしまっていました。
さらにその7割は、もう充分な稼働がされていないといいます。
医療用のガーゼを作っているところは、もはやありませんでした。
そんな中、唯一1件の社長さんが日本で初めて竹の繊維で作るガーゼの製造にチャレンジしてくれることとなり、昨年、とうとう念願であった医療用ガーゼの国内生産が始まりました

現在、皆様にお届けしている竹布製品は中国の工場で作っていますが、医療用ガーゼにおいては、私はずっと国産にこだわってきました。
それは、食糧同様、いざという時に最も必要なものは自国でまかなうべきと考えているからです。
何でも輸入に頼っていたのでは、本当に必要な時に間に合わないかもしれません。

人が痛みに苦しむその時に、傷にそっと寄り添い、ただ快癒を祈る一枚のガーゼ

竹布 開発者 相田雅彦さんそれが竹布の使命ですからね。
「命を救う布」は、いつもすぐそばになくてはいけないのです。

資源を持たない我が国は、かつて『ものづくり』という分野で世界に台頭してきました。
その日本という国がいつぞや他国製品に依存するようになり、誇るべき製造業が今や衰退の一途にあるという現実は本当に悲しいことですね。

日本は、「つくること」をやめてしまってはいけない。
竹のガーゼの製造を国内に委ねることは、そういう意味でも、私にとって大変価値のあることです。
消えゆく工場復活のきっかけになってくれたらいいな、とも思っています。

こうして、いよいよ動き出した国産の竹布医療ガーゼは、「守布」と名付け、ある公立のがんセンターを皮切りに、世界の医療現場へという目標に向かって送り出していきます。

がんセンターの緩和医療施設。

「守布」はまずその病室で、人生の終わりを迎える人々の痛みや心に寄り添います
そしてやがて、治療の現場で実際に傷病を治す「医療用具」として、その務めを果たすこととなっていくでしょう。

私達はこれまでに、中国の医療現場で100万枚の竹布ガーゼを使って、様々な傷病に対する臨床試験を行ってきました。
3年をかけたそのプロジェクトで、竹布の有効性が非常に高いことが実証されました。

ですから、世界規模でこの竹布が医療現場へ広がっていくことに、もちろん微塵の不安もありません
が、しかし一方で、その責任の大きさたるや、並大抵でないことも事実。
命の現場で、「足りない」などということはあってはならない。
だからこそ、原料である竹の生産が急がれます。

原料の生産に始まって製品になるまでの過程のひとつひとつで、関わる一人一人が願いを込めていかなければいけません。
込められた純粋な人の想いが竹の力をより高め発揮させていく...。
私達のクオリティーとはそういうことでもあるので、どんなに生産量が増えてもスピードアップしても、おろそかにならないようにしなければ...と今、決意を新たにしています。

祓布 ~はらいぬの~

祓布こうして開発から10年が過ぎた今、ようやく私の願いは叶いつつあるわけですが、もうひとつ、お話しすべきとても嬉しいことがあります。
それは、この国産ガーゼが和歌山県の世界遺産、丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)で、神聖な「祓布」としてお頒ちいただくようになったことです。

丹生都比売神社とは、弘法大師・空海が高野山に金剛峯寺を開く際に神領の一部を寄進したことから
高野山の鎮守神とされ、神仏習合の始まりのお社。
ここから神と仏が共存する日本人の宗教観が形成されていったのだそうです。

そのようなありがたき御由緒の神社に、プロ・アクティブさんがご縁をつないでくださって、医療の道とはまた違う、あらたかな道も歩み始めました

いにしえより、竹は神霊が宿り、罪穢れや災禍を祓う力を備え持つものとされて来ました。
人々は神々のご守護を戴くため、竹の一片、竹玉(たかだま)を身につけていたといいます。
その竹玉が現代に姿を変えた「祓布」が、身を清め心を鎮める浴布として家庭の浴室にあったら、一日を締めくくるお風呂の時間が日本人古来の精神を取り戻す神聖な場にもなるかもしれないと思うと、どんなに素晴らしいか。

丹生都比売神社の御祈祷を戴いた竹布ガーゼの「祓布」。
お守りとして持ち歩くなど、もちろん使い方は人それぞれですが、こんなふうに神様のお許しを得て、人々の役に立つことができるとは、本当にありがたいことです。

ゆっくりと、ゆっくりと、日本の随所にこの「祓布」が広がっていったらいいなと思っています。

清し風 ~すがしかぜ~

清し布「守布」と「祓布」。

道筋は違えども、やがてたどり着くべきところは同じ。
今年、やわらかなやさしい布は、清々しい風にふわりと乗って、ゆくべきところへ羽ばたいていきます。

和み会 ~なごみかい~

竹布開発者 相田雅彦さんをお招きしての和み会。
今回ご参加くださったのは、都内にお住まいの4人の方々です。
●浅草からお越しのHさん。
 5歳のお嬢さんには生まれた時からずっと竹布製品を揃えているとおっしゃいます。

●今回ご夫婦でお越しくださったKさんご夫妻。
 シーツや下着、靴下など、もう竹布でなければ絶対ダメなのだそうです。

●初期の製品からずっと使い続けてくださっているSさん。
 目下のお気に入りは、高級ホテルのような新色ブラウンのタオルだとか。


皆さん、古くからの竹布の大ファン。
相田さんのお話をじっくりうかがった後は、発売を目前に控えた新商品を実際に手に取りながら、竹布談義で和みました。

清布

竹布 和み会相田さん 以前から病気で寝ている人のためにぜひパジャマを作りたいと思っていて、この数年間、何度となくチャレンジしていた二重ガーゼの生地。ようやくその生地ができて、最初の製品がこのハンカチ、「清布」です。どうぞ触ってみてください。
Sさん あらぁ、柔らか~い。 あったかいわ。
Kさん これまでのタオルハンカチより薄くて、ポケットに入れていてかさばらないのがいいですね。 主人の胸ポケットにも良さそう。上品でおしゃれ。
Kさん(ご主人様) 綿でもない、シルクでもない、なんとも独特の風合いがいいからね。
堀場 1度洗うとね、1割ほど縮むのですが、ふわふわになります。 洗う度、ふわふわが増すんですよ。

和布

相田さん 去年の春に発売して、とてもご好評をいただいている「和布」に新色が出ます。「洗柿(あらいがき)」と「薄藤」。
Sさん とってもいい色、春らしくて。 これ今年流行の色ですよ。
Kさん 私は、「薄藤」の淡いパープルが大好き。
Sさん Kさん、ほんとによくお似合い。 七色揃って、ますますアレンジが楽しみになるわ。

感謝

竹布 和み会Hさん 私も今日ぜひお話したいことがあります。5歳の娘のことなのですが、保育園の先生に「心身の発育がとてもいい」と言われます。それは間違いなく竹布のおかげ。 生まれてからずっと竹布のバスタオルに包まれて育ち、今は家でも保育園でも竹布の寝具で寝ています。とてもよく眠るんです。 傷を癒してしまうほどのエネルギーに包まれているんだもの。 深い眠り、良い発育、 すべて納得がいきます。それに、おねしょをしてしまってもまったく臭わないのが本当に助かっています。 他のシーツとは全然違います。 子も親もゆったりとした気持ちで、悔いのない子育てができるのが何より嬉しくて、竹布と相田さんに、心から感謝しています。

約束

相田さん 今日この新しい二重ガーゼの生地に触れてもらい、喜んでいただけて私も嬉しいです。苦心の末の自信作。 これからさらに、大判の万能布やパジャマなどに広げて、もっともっと気持ちのいい商品をご提供していきます。 どうぞ楽しみになさってくださいね。


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竹布(TAKEFU)とは